悟りを開いた生き方の三つの側面・③執着しない

今日のまとめ
真の自由を手に入れるための考え方
③執着しない
「これもまた過ぎ去るだろう」

昨日に続いて「悟りを開いた生き方の三つの側面」の3つ目です。

これもまた過ぎ去る
<前略>
賢者がやってくると、王様は言った。「私はあなたのようになりたい。人生に調和と静謐と知恵をもたらしてくれるものはないか。あるなら望み通りの報酬をとらせるが」。
<中略>
箱のなかにはシンプルな金の指輪が入っていて、指輪には文字が彫り込まれていた。こんな言葉だった。「これもまた過ぎ去るだろう」。「どういうことか?」。王様は尋ねた。賢者は答えた。「いつもこの指輪をはめておられることです。そして何かが起こったら、それが良いことか悪いことかを決める前に、指輪に触れてこの言葉をお読みになるのです。そうすれば、いつも平和な気持ちでいることができます」。
<中略>
 この言葉の深い意味は、前出の二つの物語と合わせて考えるとよくわかる。いつも「ほう、そうか?」としか答えなかった禅の老師の物語は、目の前の出来事に抵抗しない–起こった出来事をまるごと受け入れる–ことのすばらしさを教えている。また、いつも「そうかもしれない」という簡潔な返事をした男性の物語は、判断しないという知恵を、そして先の指輪の物語は、すべては無常であり移ろうものと知れば執着せずにすむことを教えているのである。抵抗しない、判断しない、そして、執着しない。この三つは真の自由の、そして悟りを開いた生き方の三つの側面なのだ。

ニュー・アース Kindle版
エックハルト トール (著), 吉田 利子 (翻訳) 

この「ニュー・アース」を読んでいて、全ての悩みの原因は「エゴ」にある。私はそう捉えています。

この世に生を受け、たまたま起こった様々な過去の経験を通じてエゴはエゴの存在を意味づけしようとしている。過去の経験に照らし合わせて「今」を見ようとしているからそこに抵抗が起きたり、判断したり、執着したりする。でもその拘りを捨てて、「今」この瞬間に集中したとき、なんの抵抗も、判断も、執着もしなくなるはずです。心がざわついた時はエゴが暴れようとしている。エゴが特別な存在であろうと欲している状態です。そんな時、エゴに気づいて俯瞰する。その俯瞰している何かが「大いなる存在」なのだと感じた時、穏やかな気持ちになる空間が生まれ、失うものなど何もないということに気がつくのだと思います。さて、この文章を書いている存在は、エゴなのか?大いなる存在なのか?笑


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